過払い金請求の依頼を受けることができるのは弁護士と司法書士だけですが、弁護士はどんな事件でも受けることができるのに対し、司法書士が受けることができる事件は限定されています。もし司法書士がその限定を超えて依頼を受けると弁護士法に違反する犯罪行為(非弁行為)となります。
これまで司法書士が受けることができる事件の範囲の解釈について争いがありましたが、最高裁第
一小法廷平成28年6月27日判決によって解決されました。
最高裁判決の基準
最高裁第一小法廷平成28年6月27日判決は、概要、以下のように判断しました。
(1)司法書士が代理することができるのは簡易裁判所が扱う裁判の限度である。
(2)司法書士は、簡易裁判所が扱う裁判を代理する前提として、簡易裁判所が扱う裁判に関する法律相談や裁判前の和解交渉などをすることができる。
(3)簡易裁判所が扱う裁判の限度は140万円までであるが、混乱を避けるため、この140万円までかどうかは「客観的かつ明確な基準」、すなわち「個別の債権ごとの価額」を基準とすべきである。
(4)司法書士が「個別の債権ごとの価額」が140万円を超えるケースについて、法律相談、裁判前の和解交渉、裁判などを行い、報酬を得たときは不法行為となり、その報酬の全額が損害賠償請求の対象となる。
具体例
最高裁判決をかなり噛み砕いてまとめましたが、これで理解できる人は法律の勉強をかなり頑張った人だけでしょうから、具体例で説明します。
依頼者Aさんは、B司法書士に借金の整理を依頼しました。B司法書士に依頼したときには、甲社から50万円の請求を受けていましたが、B司法書士が再計算したところ、法律上は30万円の借金にすぎないことが判明しました。同様に、乙社は請求額150万円(再計算で30万円の過払い)、丙社は請求額100万円(再計算で150万円の過払い)でした。
B司法書士の代理権の範囲
この事例において、B司法書士は、甲社、丙社の依頼を受けることはできますが、乙社の依頼を受けることはできません。なぜなら、乙社の貸金「債権の価額」は150万円であり、140万円を超えるからです。
そして、B司法書士が甲社と丙社の依頼だけを受けたとしても、丙社に150万円の過払い金が発生していることが判明した時点でB司法書士の代理権は弁護士法違反によって消滅します。なぜなら、Aさんの丙社に対する過払い金「債権の価額」は150万円であり、140万円を超えるからです。
最高裁判決は「客観的かつ明確な基準」で判断することを求めていますので、150万円の過払い金が発生しているけれども140万円で和解すればいいじゃないかとは言えません。過払い金「債権の価額」が150万円である以上、和解の金額が140万円以下であるかどうかに関係なく弁護士法に違反します。
最高裁判決が与える影響
最高裁判決が司法書士に与える影響は極めて破壊的です。これまでほとんどすべての司法書士は最高裁判決が示した基準ではなく、「債務者が弁済計画の変更によって受ける経済的利益の額」を基準として仕事をしてきました。この見解は司法書士会が強く支持していたものであり、先ほどの例で言えば、甲社、乙社は最後まで代理権があり、丙社についても和解金を140万円以下に抑えるのであれば裁判前の和解をする代理権まであるということになります。
しかし、最高裁判決によってすべてが覆りました。しかも、最高裁判決は司法書士が誠実に仕事をしたかどうかは一切問題にしていません。したがって、これから弁護士ではなくあえて司法書士に依頼する人は、途中で司法書士の代理権がなくなるリスクを覚悟しなければなりません。
また、これまで司法書士に借金の整理や過払い金請求を依頼した人は、司法書士に依頼した時点におけるある貸金業者の借金の金額が140万円を超えるか、再計算した時点におけるある貸金業者に対する過払い金の金額が140万円を超えるかしたものについて、過去に支払った司法書士報酬を1円残らず返金してもらうことができます。(貸金業者が5社おり、140万円を超えたのがそのうちの3社だけであれば、超えていない2社分の司法書士報酬の返金請求はできません)。
しかも、これは不法行為に基づく損害賠償請求であり、時効は「損害及び加害者」を知った時から3年です。ただし、まだ時効消滅しなくても20年がたつと除斥期間にかかり権利行使できなくなります。報酬相当額の返還請求を受けた司法書士が時効を主張するためには、「元依頼者は3年以上前からこの最高裁判決を知っていた」ことを証明しなければなりませんが、そのような立証は非常に困難です。
したがって、債務整理事件を熱心にやってきた司法書士ほど、これまでに得てきた多額の報酬を元依頼者に根こそぎ奪われる可能性があります。また、弁護士人口の増大に悩む弁護士からすれば、過払い金請求に次ぐ第二の金脈が新たに発見されたことになります。
過払い金請求事件は弁護士にとって金脈だと言われていましたが、それは、貸金業者から入手した取引履歴を再計算するだけの簡単なお仕事だったこと(もちろんさまざまな法的な争点はあり、解決までの苦労はありましたが、通常の民事事件に比べて費やす労力が非常に少なかったことは事実です)、相手方である貸金業者は金を持っており、勝訴判決が出れば素直に支払ってくれたこと(通常の民事事件では、相手に金がないと幾ら判決で勝っても無意味になります)が理由でした。
司法書士に対する報酬相当額の損害賠償請求事件も同じことが言えます。まず、司法書士がどのような活動をしたのかは、司法書士に確認するまでもなく、弁護士が貸金業者にFAXを1通送るだけで簡単に判明します。貸金業者は取引履歴や和解契約書はすぐに送ってくれますし、司法書士との交渉経過についても弁護士から求められれば送ってくれるからです。
そして、相手方が司法書士を続けることを望む以上、判決が出れば支払ってくれる可能性は高いでしょう。しかも、これは非弁行為を理由とする損害賠償金ですから、司法書士が破産をして逃れようと考えても非免責債権に当たり逃れられない可能性があります(破産法253条1項2号。同条項は「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」を非免責債権としていますが、一般に犯罪行為により生じた損害賠償請求権がその典型例とされています。そして、非弁行為は犯罪行為です)。
この最高裁判決が司法書士に与える影響はまさに破壊的といえます。過払い金請求が多くの消費者金融業者を廃業に追い込んだように、これから多くの司法書士が廃業に追い込まれるかもしれません。
しかも、過払い金請求権は不法行為に基づく損害賠償請求権ではないことから、破産すれば逃れることができますし、消費者金融業者は身元がはっきりしない者が多かったことから、廃業して行方をくらますことで破産をせずに過払い金請求から事実上逃れることもできましたが、司法書士は身元がはっきりしていることから逃げることはできません。
弁護士の中では、過払い金請求が最後の金脈であり、もう二度とこれほど簡単で金になる仕事はないと言われていましたが、思わぬところで新たな金脈が発見されました。弁護士人口の急激な増加によって仕事が激減し、唯一の命綱だった過払い金がなくなりつつある現在、弁護士にはなりふり構う余裕はもはやありません。
しかも、弁護士からみれば、相手は非弁行為を組織を挙げて確信的に繰り返してきたわけですし、最高裁のお墨付きもあることから、大義名分もあります。
司法書士にとっては想像を絶する大変な受難の日々になりそうです。